想いよ永久に


       最近良く、夢を見る。
       それは、子供の頃の夢だったり、これから先に起こるかもしれない未来の夢だったり。
       それはひどくリアルな夢で、本当に幼い自分に戻ったように錯覚してしまう。
       目覚めた後、成長した自分の姿にひどく驚いたりする。
       未来の、現実には起こっていないはずの夢も同じで。
       いつもいつも同じ夢を、繰り返し見る。
       炎に、灼かれる夢。ただの炎ではなくて、神の炎。
       赤く染まった視界の先には、おぼろげなあの人の影が見える。
       でも、その姿を確かめる事が出来ないまま、僕は汗だくで目覚めるのだ。


       シレジア王国セイレーン城。
       国を追われた僕らがこの国にやってきて、もうすぐ1年が経とうとしている。それは、
       戦い続けていた軍の皆にとって、束の間に訪れた穏やかな時間だった。
       でも、それももうすぐ終わるかもしれない。最近耳にする他の領地を治める諸公達の
       動きは、決して芳しいものではない。
       戦争になれば、シグルド様は軍を動かすだろう。彼等の狙いは、王位なのだ。
       その時に、一番邪魔となるのがラーナ王妃だ。
       シグルド様は、自分を助けてくれた恩人を放っておけるような人ではないから。
       …また、戦争になるのかな。
       戦争は嫌いだ。そもそも、争いごとが嫌いだ。自分が戦争なんかに向かない人間であ
       る事は、自分自身が一番良く知っている。それでも戦争が始まれば、一小隊を率いる
       将として戦場に立たねばならない。
       考えれば、気が滅入って来る。
       考え過ぎるのは、自分の悪い癖だと知っていたけれど。
       「アゼル、どうしたの? ぼうっとしてる」
       声をかけられ、一瞬で現実に引き戻される。
       2人がけのソファで、隣に座って編み物をしていたティルテュがその手を止めて、
       僕を覗き込んでいる。その顔には、僕を気遣う表情が浮かんでいた。
       「ごめん。最近夢見が悪くて、よく眠れてないみたい。それだけだから、大丈夫」
       妻となった幼馴染みに、よけいな心配をかけないよう優しく言って聞かせる。
       「そう? 恐い夢見たら、私を起こしていいんだよ?」
       「追い払ってくれる? 悪い夢」
       「うん。そしてね、手を繋いで寝よう。そうすれば、きっと悪い夢も見ないから」
       いつも思う。
       ティルの笑顔は、日溜まりのようだと。それは暖かくて、とても穏やかな気持ちにな
       る。最近特にそんな印象が強くなったような気がするけれど、多分母親になる日が近
       いからだろう。
       「…そうだね。頼りにしているよ」
       「へへ…うん、アゼルに頼られるのも、たまにはいいね」
       僕の言葉に少し照れたように、ティルはまた編み物を再開する。僕もまた読書に戻ろ
       うと本に視線を落とすと、ティルが言った。
       「ねえ、覚えてる? 子供の頃、2人で迷子になったこと」
       記憶を手繰るまでもない。忘れられるわけが、ないのだから。
       「覚えてるよ。懐かしいね」
       言いながら、思わず苦笑が漏れてしまう。
       「なんで笑うのよー!」
       頬を膨らませ、睨まれた。その表情が可愛らしくて、頭をそっと抱き寄せる。
       「ごめん。今思い出すと、ホントにたいした事なかったのに、と思って」


       それは、2人がまだ子供だった頃の事。
       確かその日はグランベルの建国記念の日だった。各公国の公爵達が、首都であるバー
       ハラに集まり記念の式典が行われていたのだ。もちろん、城下でも盛大な祭りが催さ
       れ、国中が祝いの色一色に染まっていた。
       当時すでに公爵位を継いでいたアルヴィスに連れられ、アゼルもバーハラへとやって
       来ていた。10歳か、それよりも少しまだ幼かったような気がする。
       同じように父のレプトールに連れられてやって来たティルテュは、それよりもまだ2
       つ幼かった。
       大人達の集まりに、子供であった2人はすぐに飽きてしまった。政治の話も、社交界
       の噂話も、2人の興味を全くそそらない。
       だから、ほんの少し冒険をしたくなった。
       退屈になった2人は、城を抜け出し城下へと降りてしまったのだ。

       「よく抜け出せたわよね。今だったら、多分出来ないわ」
       「僕も。あの時は、お祭りで守衛も浮かれていたんだろうね」

       守衛の目を盗んで城下へ出たわいいものの、あまりの人の多さにまず驚き、そして今
       度はその流れに流されてしまった。
       そうなればもう、どうなるか結果は明らかで。

       「城下なんて滅多に行かないし、迷子になった時は本当にどうなるかと思ったわ。
       このまま、帰れないんじゃないかとか思ったし」
       「僕だって、ものすごく不安だったんだよ」
       「でもアゼル、平気そうな顔してたじゃない」
       「そりゃあね」
       隣で泣き出しそうな小さな女の子を見ていたら、自分まで不安そうな顔は出来ないじ
       ゃないか。

       涙を溜めた瞳を伏せて俯くティルテュに、何度も何度も『大丈夫だよ』と繰り返し、
       その小さな手を包むように握りしめた。
       今思えば、あれは自分に言い聞かせていた言葉かもしれないけれど。
       繋がれた手の温もりに、少し安心したのかティルテュが笑顔を見せた。
       勇気づけていたはずなのに、自分の方が励まされたような気がした。

       その後、なんとか城に戻った2人だったが、これでもかと言うほど叱られた。
       それでも2人は何となく嬉しくて、目が会えばどちらともなくクスリと笑った。
       幼い頃の、2人だけの色褪せる事ない想い出。


       「その時からかな。私ね、アゼルが『大丈夫』って言ってくれると、本当に大丈夫な
       んだなって、ものすごく安心するの」
       「…僕は、ティルの笑顔にいつだって元気づけられてるんだよ。あの時も、今もね」
       「…本当?」
       「本当。だから、僕の傍で笑っていて。悲しい事からも、辛い事からも、僕が全部守
       ってあげるから」
       だから、いつだって輝き続けて。
       「…アゼル? どうしたの、急に」
       訝しげに見上げるティルの様子に、一瞬しまったと思ったけど、適当に誤魔化す。
       「あの時の事、思い出したからかな」
       笑顔を見せた僕の言葉を、ティルは疑う様子もなく素直に信じてくれたようだった。
       出産も間近なこの時期に、無駄に不安にさせる事もない。
       「ふーん。そう? あ、そうだ。そろそろ赤ちゃんの名前決めようよ」
       そして話題はすぐに、じきに生まれて来る子供の話に移っていった。


       昔を思い出したから、というのは決して嘘ではない。
       だが、それ以上に頭から離れないのは、毎夜見るあの夢。
       あれはいずれやってくる未来のように思えて、たまらなく恐くなることがある。
       それでも、笑って穏やかに過ごせるのは、隣でティルが笑っていてくれるからだ。
       大好きな人だから、この先何が起こっても、その輝くような笑顔でいて欲しい。
       ワガママだと知っているが、それがただ一つの願いだから。

       そのために、きっと僕は戦い続けるのだろう。


                                        <FIN>










日向葵様から
キリ番5111を踏みましてリクエストで書いて頂きました。
アゼル×ティルテュの切ないながらも
幸せな時間を書かれていらして、凄く素敵ですvvv
やはりアゼル×ティルテュはいいです〜vvv
日向様、本当に有り難うございました。


日向様のサイト


ひなたのこべや 様

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