終わりのない旅・2

        

        氷竜神殿.1

        

        不思議な青年だった。

        ガトーがどうしてもと言うので仕方なく協力したのだが
        どんなにつっけんどんに接していても態度を変える事なく親しげに、それでいて媚びるそぶりは
        いっさいない変わった人間だった。
        「お前は何の為にこの戦いに身を投じたんだ?」
        ほんの少しだけの興味から、初めてアンリと言う青年に話し掛けた。
        今まで必要最低限の事しか話さなかったのでかなり驚いたのだろう。シャープな顔つきには似合
        わないほど目を大きく見開いてこちらを凝視した後、嬉しそうに青年は微笑んだ。
        「大切なものを守る為さ」
        「…大切なもの?…はっ、馬鹿みたいだな」
        聞かなければ良かった。
        やはりこいつも他の人間と一緒で自分勝手で愚かな思考の持ち主らしい。
        ガトーもこんな人間によくも騙されて力を貸してやる気になったもんだと、心底呆れかえった。
        …人間は嫌いだ。
        今まで散々守ってやっていたのにも関わらず竜族が力を失ったとたんにマムクートと蔑み
        あげくの果てには虫けら同然に扱い、略奪と殺戮を仕掛けてきた。
        その時一度だけ捕まえて理由を聞いてみたら『大切なものを守るため』と、この青年と同じ事を
        言っていた。むろん、そんなくだらない理由で同族がむやみに殺されていくのは腹が立ったので
        相等苦しむようにじわじわとその人間を殺してやった。

        「君には大切なものはないのかい?」
        当然怒り狂って攻撃してくるだろうと思っていた青年はその考えとは裏腹に穏やかにこちらに問
        いかけてきた。
        話してやる気などさらさらなかったので無言で軽蔑の眼差しを送ってやる。
        「…」
        「ものでも人間でも…あぁ、君の場合は竜族だね。そう、大切に思える何かは絶対にあるはずだ
         けれど、君はまだ大切なものに出会えていないのだろうか?」
        「…」
        「生き物ならそれは誰であろうが、あって当然なんだ」
        「…その大切なものの為にお前ら人間は殺戮をくり返すのだな」
        何だか無性にイライラしてきたので反撃をしてやった。
        大切なものなどない。
        そんな得体のしれない何かに縛られるような生き方はしたくはない。
        「それは…相手が危害を加えるようならしてしまうかもしれない。でも出来得る事なら力では解
         決せずに話し合いで解決したいと私は思っているよ」
        「そんな穏便な解決方法を考える知識くらいはあったんだ。野蛮人の分際で」
        「人それぞれだね。悲しい事だけれどそう考えないで力で解決する人間もいる。野蛮人と言われ
         ても仕方のない事だけれど…私はできるだけ力で解決する方法は回避したいんだ」
        遠くを見据えるようにけれど凛としてしっかりとした口調で青年は告げた。
        やはり変わっている人間だ…
        こちらの挑発にはいっさいのってこない。
        ムキになって喰ってかかってきたら殺してやろうと思っていたのが台無しだ。

        しばらく無言で歩き続けた後に氷竜神殿に到着した。
        ようやくこれで厄介な事から解放されると思い、その場を立ち去ろうとした瞬間…
        「君はまだ気が付いていないのだね。もう君にはすでに大切なものは沢山あるのに…」
        悲しげな瞳で青年はこちらに話し掛けてきた。
        厳しい道程のせいか、かなり憔悴しきっているはずなのに瞳だけは何故か輝きを失ってはいない
        それどころかこちらに説教をくれているみたいに対峙している。
        …また殺してやりたくなった。
        こいつといるとやけにイライラする。
        無言で殺気を込めて腰の剣に手を当てようとしたその瞬間、ガトーが神殿の奥からやって来た。
        
        「チェイニーそこまでだ。お前の役割はこの青年をここまで導く事であって、殺す事ではないぞ」
        
        長年の魔道の研究の成果だろうか、その姿はじじぃになっても殺気や気配を感じる術はかなり長
        けているガトーにはすべてがお見通しだったらしい。
        ここで無闇にガトーと戦っても後が面倒臭いので、かなり腹立だしいが素直に神殿の奥に行く事
        にした。
        どうせこの後はじじぃと青年の馬鹿らしい会談が行われるに決まっているし
        いても時間の無駄になる事請け合いだ。
        「すまなかったな。あのチェイニーは人間が相等嫌いな奴でな。しかしあれ以外にはおぬしの案
         内役は勤まらんと、押し付けてしまった」
        「彼はチェイニーと言う名前だったのですか」
        「そうじゃ。何だ名も名乗っていなかったのか…一族の存亡を一身に背負っている重大な者故に
         なんとか人間と接触をもってもらいたかったのだが、どうやら失敗したみたいだな…」

        「…おい」

        勝手なガトーの言い分に神殿の奥へと行きかけた足が止まる。
        「誰がなんだって?言っておくが俺は一族の存亡なんか関係ない。大体にしてチキはまだ子供の
         上にあの状態じゃ絶滅は確実だろう。いや、むしろ滅んでくれた方が俺は助かるってものだ」
        神殿の柱にもたれ掛かって皮肉まじりに言ってやる。
        
        この氷竜神殿の本来の主、チキは産まれてから約900年もの間この神殿で眠り続けている。
        最後の神竜族の…すべての力を受け継いで産まれてきた子供…
        その力の恐ろしさが故に産まれてすぐに眠りの封印をされ今だ目覚めの気配の訪れない女王相手
        に子孫繁栄など寒気が走る。
        「お前はナ−ガ様の最後に残した言葉をなんと心得る!最後まで諦めずに人間を見守る。それが
         偉大なる王のお言葉であっただろうが!」
        「そんなのは関係ないね。死んでしまったものに何の義理でつき合ってやらなければいけない。
         チキだって、そんなに子孫繁栄したければガトー、お前が相手をしてやればいいだろう?」
        「王は生き残ったお前にチキを託したのだ!お前以外には考えられぬ!」
        「だから関係ないって言っているだろうが!」
        険悪な雰囲気が神殿内を包み込んだ。
        頭が固まりきったじじぃには何を言っても無駄だとわかっていてもこの話題だけは引くわけには
        いかない。こっちにだって選ぶ権利くらいはあるはずだ。
        せっかく生き残ったのだから自由に生きるのは間違ってなどいない。
        魔道に精通したガトー相手に戦うのはいささか面倒だが、このままでは本当に操られて言いなり
        されてしまう恐れがあるのでこの際本気で決別するかと腹をくくる。

        「あの…口を挟むようで失礼ですが、チキとは?」

        ガトーとの言い争いですっかり存在を忘れていた青年がいきなり割り込んで質問をしてきた。
        どこか場違いなその冷静な物言いは険悪な雰囲気がすっかり毒気を失い。まるで見計らったよう
        に落ち着いた空気を取り戻す。
        (計算でやっているとしたら相等な度胸の持ち主だな…)
        先程もそうだった。
        殺気を充分に放ってやったにも関わらず平然な顔をしてこちらをまっすぐに見つめてくる。
        今だってかなりの殺気が漂っていたはずなのに、この青年は構えるどころか剣に手すら当ててい
        ない。むしろ反対に落ち着いてくつろいでいるかのようだ。
        「おぉ…見苦しい所をみせてすまなんだ。チキとはここの主で、我らの大切な最後の姫君の名前
         である。…会うてみるか?」
        「ちょっ…!!何を考えているガトー!!こんな人間なんかにチキを会わせられるはずが…」
        「お前は黙っておれ!」
        「なんだと!?」
        このじじぃとは本気でケリを付けなくてはいけないらしい。
        「チェイニーは反対しているみたいなのですが、ここの主なら是非とも御会いして御挨拶をした
         いですね」
        またもやタイミングを見計らったように青年が声をかけてくる。
        「…お前に名前を言われる筋合いはないな…」
        「チェイニー!!」
        「いえ、賢者殿。私が軽卒でした。ではチェイニー殿で宜しいかな?」
        にっこり微笑みながら青年はこちらを伺う。
        本当につくづく変わったやつだと一瞥しながらも、名前を呼ばれてそんなに嫌な気分ではない自
        分に気が付いた。
        たかが人間ごときに何故一喜一憂しなければならない…
        先程からこいつのペースに巻き込まれまくっている。
        返事を待っているわけではなさそうだが、こちらを睨み付けているガトーとは対照的に微笑みを
        崩さずに黙って見つめている。
        「…お前らの相手は疲れた。もうどうでもいい。後は勝手にやってくれ」
        何だか無性に疲労感がやってくる。
        その場から一刻も早く立ち去りたかったので早々と退散すべく足を神殿内奥へと向かわせる。

        「チェイニー殿…貴方は大切なものなどないと言っていたけれど、先程のチキと言う御方と戦い
         の話をした時、貴方は本気で嫌がっていましたね。それは大切だからこその反応ではないかと
         私は思うのですが貴方はどう思われますか?」


        奥へと向かった足と思考が止まる…



        すべての始まりはこの時からだったのかもしれない…







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